セガマ河下流域野生生物保全域設置がサバ州閣議において承認される
2005/5/24
坪内 俊憲(野生生物生息域管理)

  2003年2月、BBECプログラム生息域管理コンポーネントの活動としてタビンおよびクランバ野生生物保護区に位置するセガマ河下流域をサバ野生生物保全法(1997年制定)に基づく野生生物保全域とすることを提案しました。当初計画を5年繰り上げての設置申請となりました。「経済発展よりも野生動物が優先か」という懸念や疑問が様々な組織から出され、地元住民からは「またしても土地を住民から取り上げるのか」という反論も出されました。その後、地元住民へ保全がもたらす数々の便益、発展の可能性を例示し、州政府機関へは住民が得られる便益、発展の可能性を説得する地道な活動を続けてきました。その結果、2005年5月18日のサバ州政府閣議において同提案が承認され、州主席大臣自らメディアに報告しました。BBECプログラムの4コンポーネントが協力して行政機関への働きかけ、BBECプログラム運営委員会への報告と理解促進、日本での研修、これらすべての活動が新たな保護区設置という成果を生み出しました。

 野生生物保全域では地元住民の限定的な経済活動が許可され、所有者が管理計画に合意する限り、私有地に対しても設置することができるサバ州ではまったく新しい概念の保護区です。これまでサバ州の保護区は土地を州政府所有として、住民活動を排除するものでした。1990年以降、現実的な保護区運営には地域住民や社会の協力が欠かせないという理解が進み、住民活動を組み込んだ新たな保護区の設置が求められていました。1997年野生生物保全法制定以来、新たな概念の保護区設置を試みてきましたが承認が得られず、今回の承認がサバ州に於ける新たな概念での保護区展開の幕開けとなりました。閣議承認を受け、早急に保護区境界確定測量調査を行い、その結果をサバ州政府官報に記載して手続きが完了します。同時に保護区管理計画を策定し、実施に移していかなくてはなりません。

 保全域は面積的には小さいですが、タビン・クランバ野生生物保護区の間に位置し、ボルネオゾウの移動ルートであり、野生生物回廊(コリドー)として重要です。たくさんのオランウータン、テングザルの群れが生活をし、劣化しているとはいえ、まだ河口から河岸林生態系が連続しています。サバ州の少数民族ティドン族の3村落住民が生態系の生産する生物資源に依存した生活を営んでいます。この新たな保護区はサバ州での人間と野生生物、生態系が共生するための大きな実証現場となっていく必要があります。サバ州社会がその生態系、野生生物と共生できるかどうか、保護区の成功に依存しています。

 新たな保護区を作るということは内政問題であり、経済発展を目指している国々において外国からの協力は圧力とも受け取られかねず、極めて難しい課題です。今まで援助機関は提言することはあっても、保護区設置に向けた具体的な支援を避けてきました。保全の主役は受入国であり、その地域社会であり、住民であることを協力国側が認識し、受入国の住民から行政官、政治家まで合意に達したということは、日本が単独で協力し、サバ州社会との相互理解を深め、協力できたきわめて有意義な結果だと思います。21世紀は地球環境と人類が共生できるかどうか試練の世紀です。人類が地球環境と共生するために国際環境協力は不可欠ですし、これから国際社会の基軸としていかなくてはならないでしょう。そのためにも今回の成果は大きな意義を持つものです。

 日本の文化と技術を持ち込んできたコンポーネントの担当専門家は、サバ州の複雑な多民族、多文化、多宗教社会の行政官であるカウンターパートと、互いに理解し、敬意を払いながら活動してきました。しかし、プログラムの計画に対する認識の違い、社会の違い、文化の違いから、いらだった事も多かったと思います。それらを乗り越えて、人間と地球環境が共生できる方法を実証する現場作業を重ねてきました。草野元チーフアドバイザーにはその現場作業に対して大所、高所から評価、意見をもらい、サバ州政府の意思決定者との連絡、調整、説得に奔走してもらいました。長かった2年半ですし、これからの課題も少なくないですが、日本の協力で実施してきたBBECプログラムがサバ州社会で認知され、市民権を得るという大きな一歩が達成されました。

上へ
閉じる

JICA