世界的なアブラヤシ消費の拡大とボルネオの森林の消失、そして伝統的村落生活の壊失

2005.01.15
草野孝久
1.「持続可能なアブラヤシ」!?

 1月6日にマレーシアの首都クアラルンプールで開かれた「持続可能なアブラヤシ」と題した公開フォラムに参加しました。何ともおかしな題名だなあと思う方もおありかも知れません。

 「アブラヤシは環境破壊の上に成り立っている」「ヤシ油は健康には良くないなどという批判が世界中から聞こえてくるなか、主にヨーロッパのヤシ油産業界、つまりヤシ油の輸入、加工,販売業者の大手が危機感を感じて、生産国側の人びとも巻き込んで「持続可能な円卓会議」なるものを設立させたのです。ヤシ油原料の生産国はいずれも熱帯にあり開発途上国です。そのなかでも世界の生産量の40%はインドネシアが占め,マレーシアの生産量はまもなく30%に達しようと言う生産国です。ということで、事務局はクアラルンプールにおかれ、マレーシア人が事務局長をしています。事務局長のテオさんからBBECプログラムの関係でメールをもらい何度か意見交換をし、公開フォラムと事務局の会合に招待されたので出かけてきました。

 この円卓会議は、ヤシ油産業界が消費者側の声や環境NGOからの批判に耳を傾け、環境に優しいヤシ油産業とするための方策を話し合い、メンバーとなった企業が合意された方策を実行していこうという趣旨の会合です。メンバーはオープンですので,WWFなどの環境NGOも加盟しております。日本の加工販売業者も少しづつメンバーに加っているようです。日本は食品、石けん,工業油などでアブラヤシ油の消費が非常に高い国なので、もっと多くの企業が加盟すべきであるとはテオ事務局長の言葉です。

 今回の公開フォラムは、事務局が設置した「持続可能なアブラヤシ基準策定作業グループ」による素案を一般公開し,意見を聞くために開催されたものです。マレーシア・アブラヤシ生産協会加盟プランテーション企業、加工・輸出企業、環境・少数民族保護NGO、学者などが110名ほど集まりました。日本の某石けん会社の社長さんも参加しておりました。

 生産者側からは,「アブラヤシは健康に悪い」などの情報を流して敵対しているアメリカ中心の大豆油業界を攻撃したり、「アブラヤシの需要はうなぎ上りなので,もっと生産を増やさなければならない。もっと土地が必要だ」、「どうしたらマーケットはアブラヤシに有利なように動くか」など、“如何にアブラヤシ産業を持続させるか?”を論じる発言が続いたので,思わず私は「持続可能な」とはアブラヤシ産業が引き続き繁栄するということより、環境的に持続可能な社会にするために如何にアブラヤシ産業が貢献するかがこの円卓会議の目的ではなかったのか?と発言してしまいました。

 少数民族オランアスリ(半島部に住むより未開の人びとの総称)の権利の保護運動を行っている活動家から,プランテーションの拡大により山地に住む人びとの生活が奪われ,人権が損なわれているという趣旨の基調講演も,私にとっては強力なインパクトがあると映ったのですが,某プランテーション企業の経営陣のひとりからは「プランテーションは学校や清潔で便利な生活を辺境の地まで提供している。オランアスリは未開のままの方が良いというのか?」という気色ばんだ反論も述べられました。都会に住む人びとにとっては,山村の伝統的な暮らしは未開、貧困としか考えられず、彼らなりの幸福感や自然と調和した暮らしなどは思いもよらないようです。この活動家は少数民族の権利を主張するあまり,アランアスリにもアブラヤシ生産に参入させるべきと言う議論を展開しました。残念ながら、彼には環境問題はあまり見えてなかったようです。

 というわけで、サバ州に於けるアブラヤシ・プランテーションの発展とそれよって引き起こされた環境問題や地域間格差の拡大、伝統的な山村の暮らしの壊失について考えてみたいと思います。

2.プランテーション農業

 プランテーション農業とは、大規模な農地を企業として経営し、特に単一の商品作物を栽培する方式の農業です。植民地経営の一環として、宗主国の企業や入植者が営んだ農業の方式が、独立後も残ったものです。安い労働力を大量に使って、農場を工場のように見立てて、画一的な栽培技術を広い面積に適応できるので安定した経営ができます。小農たちも、大プランテーションの加工場や輸送システムに産品を買い上げて貰うことができるので、同様の作物を自分の畑にも植えるようになります。

フィリピンではココナッツ椰子が山地の森林後を覆いました。マレーシアでは、英領時代からゴムの栽培が盛んでした。サバでは、ゴムやカカオなどがプランテーションとして一時期広がりましたが、まもなくアブラヤシに取って代わられます。今ではアブラヤシ・プランテーションがサバ州全土の20%近くを覆っています。つまり、森林でなくなった陸地の半分近くまで拡大しつつあるということです。

 プランテーションでは、地上の全ての植物が倒され裸にされた土地に、同じ作物が延々と植えられます。見渡す限り同じ作物です。アブラヤシ・プランテーションが続く地方を車で走れば、何十km四方アブラヤシしか見えない同じ光景が続きます。ひとつの企業が、日本の市町村程度の面積を持つプランテーションを所有しているのです。飛行機の上から見れば、海岸線近くから続く一面のアブラヤシが、いくつもの丘を越えて、わずかに残る熱帯林を取り囲んでいる様が見えます。こうした農園の多くが州外からの資本と外国人労働者で成り立っているのです。プランテーション農業は多額の資本が必要ですので、ほとんどは中華系や半島部マレイ系の企業で占められています。こうした外部の資本には、サバ州住民の将来への関心はあまり期待できません。

 パーム・オイル(アブラ椰子油)は、安価なことや大量の供給が安定していることがから、世界的に需要が伸びています。マレーシアは有数のパーム・オイル輸出国です。マレーシアのパーム・オイルの40%は日本が輸入してます。これは、アブラヤシ油として輸入されるもののみで,実際には加工されて石けんの粉になったものなどを含めたら,日本の輸入は世界的にもものすごい量になるのだと言う人もおります。木材と同じように,途上国の自然破壊の元凶は日本だと再び名指しされてしまうのでしょうか?

 今ではサバ州GDPも州政府の収入源も第1位で、7割程度をオイルパームが占めています。アブラヤシ・プランテーション熱はますます加熱しています。伐採跡地はどんどんプランテーション農業用に払い下げられ、州有の二次林も現象の一途をたどっています。

3. 森林の減少と水源涵養機能の低下

アブラヤシが等間隔で四方に延々と並ぶプランテーション農場は、外部からは青々とした森に見えても、森林としての機能を果たすことができません。

 森林が人間社会に提供するサービスのうち最も分かりやすのは、水源涵養機能です。森林は熱帯モンスーンの激しい雨を受け止め保水し、人間の飲料水や工業用水を提供しています。この機能がアブラヤシ・プランテーションでは果たせないので、洪水がしょっちゅう起こります。開発が進み森林が減少した流域では、モンスーン気候の長雨の時期になるたびに洪水が起き、流域の村々が濁流に飲み込まれ犠牲者が出ます。

 伐採後の森林やプランテーション農場は地表を覆う植物が極端に少ないので、雨水に削られた土砂が河川に流れ込みます。土砂は河川を汚し、川エビや魚類の産卵場所を奪い、川の流れを変え、海に出てはサンゴ礁を痛めつけます。プランテーションから流れ出る農薬や椰子の搾りカスも川や海を汚染します。人口増加が続き、水の需要が高くなる一方で、アブラヤシ園が小高い丘や山間部にまで広がり水源涵養林が減っているため、各地で水不足が問題になっています。

 サバ州政府は、森林が農用地に転用されることを規制し、農業生産の多様化や小農による農業経営を支援しています。しかし、市場経済の枠組みの中で、プランテーションの拡大を押さえるのは難しいことです。 

4.森林の消失と人々の暮らしの変化:伝統的な暮らしが難しくなる

 マレーシア連邦は、多民族間の調和をうまく図り安定した国家運営を行ってきたことで、世界的にも評価されています。

 サバ州は、半島部やサラワク州に比べて、民族間の多様性は更に高い人口構成となっています。約300万人弱の州の人口(公式には260万人、しかし調査漏れ,不法外国人を入れると300万人を超えると言う見方が妥当と思える)は、大まかに言って外国人が70?100万人(3分の1)弱、残りの200?220万人ほどがマレーシア国民であると考えられています。人口比は、マレイ系イスラム教徒人口が約5割(公式にはマレーシア人だけで半数を超え るというが、インドネシア人やフィリピン人のイスラム教徒を入れて約半分がこのカテゴリーに入るとするのが実感。但し,マレー系の子だくさん傾向や半島部からの移民もあるので,マレイ系はもっと増えているとの見方もある)、中華系が約3割(公式には2割弱。中華系は半島部では急激に人口率が減っている。その原因は少子化とマレイ系の増加であるが,サバでもその傾向があるという見方と、サバ州民として登録していないが長期にサバに滞在している半島部やサラワク州籍そしてシンガポールやニュージーランド国籍の中華系は増えているとの見方もある。)、そして非イスラム教徒原住民が約4割です(カダサンドゥスン・ムルット・ルングス連合は人口を約70万人と見積もっている。しかし,辺境の地にいる人たちは市民登録もせず身分証明賞ももっておらず国税調査でも勘定に入っていない人たちがいる。この人たちの数は10万?20万人とも考えられている。)。

ビサヤ族、ブルネイ族など、非イスラム系にはカダサン・ドゥスン族、ムルット族、ルングス族など30以上の民族に分けられます。近代になって渡来した中華系と半島部からのマレイ人たち以外は、先住民ということになりますが、中華系を除けばどの民族が先に住んでいたのかと言うのは大変に難しい議論です。

 非イスラム系で最大の人口を持つカダサン・ドゥスン族やムルット族の多くは内陸部に住み、言語的にはフィリピンの人たちに近いと言われます。イスラム系の少数民族は、多くが海岸線や大きな河川ぞいに住んでおり、インドネシアやフィリピンのイスラム教徒たちと繋がりのある人たちです。

 さて、イギリスの植民統治下時代までの原住民たちは、開けたところでは水田稲作や少数の鶏や豚など家畜の飼育、山間地では焼き畑による陸稲とキャッサバいもなどのわずかな農作物の栽培と森林にある可食食物や工芸材料の採取、野生動物の狩猟、海岸線や河川沿いでは漁労により生計を立ててきました。

 熱帯雨林やマングローブ林、サンゴ礁などが消えていくとともに、そうした伝統的な暮らしも減っていきました。多くの原住民たちが、行政や政治に参加するようになり、都市部で暮らす人々も増えました。伐採の利権に預かり富を築いた人もいます。

5.拡がる経済格差と貧困層

 近代化した暮らしに適応していく人々と、適応できない人々との格差は拡がりました。

 教育を受けれなかった辺境の住民たちは、開発の恩恵にあずかれず、都市部で生活する技術や情報へのアクセスが持てないばかりか、居住地や農地の取得も思うようにいきません。サバ州の原住民であるドゥスン族やバジャウ族などは、管理された労働や画一的な生活を好まず、ヤシ農園に雇われる人はあまり いません。

 伐採業者やプランテーションに追い立てられ、豊かな森が消え自然資源の減少した山地や川辺に住むのが難しくなった原住民の一部は、都市に移り住みスラムを形成します。スラムは、遠浅の海辺や干潟、河川敷にも形成されます。この地域には水上集落は古くから見られますが、こうした土地は州所有で規制が十分でなく、小魚取りに便利で、トイレもいらないので、密入国したフィリピン人やインドネシア人たちとが一緒に住んでいます。

5.劣化する自然の生産力と難しくなる自然資源依存の暮らし

 伝統的な暮らしに快適を感じる人々は、伐採のための道路をたどり更に山奥へと入り焼き畑で暮らしを立て直します。かつては、こうして焼き畑で移動しても十数年放置されれば土地の生産力は回復していましたが、森が小さくなったのと人口が増えすぎたのとで回復が十分でない森を焼き耕すことになります。森から得れる生活の材料や食料、薬草も減少しています。道路沿いの公有地は、伝統的に焼き畑をしてきた人々だけでなく、都会で食い詰めた貧困層が資本なしで開墾し生き延びることができる場所ともなっています。

 

 水辺で暮らすオラン・スンガイ(川の民)たちは、拡大するプランテーションに追われ下流域や支流へと移動します。かつても、こうしてより暮らしやすい場所へと村ぐるみで移動することは珍しいことではなかったようです。しかし、勝手に村ごと移動できる地域は少なくなってきました。彼らが住んでいるのは州有地のままで、現在は伐採が行われてない狭い領域です。

 かつては大型の魚や川エビが豊富に獲れた河川には、伐採で荒らされた森やプランテーションからの土砂が流入します。農薬やアブラヤシの絞りかす生活排水、工業廃水が流されるため、河川の環境は悪化し生産力は衰えていきます。河の民たちの暮らしは苦しいものになっていきます。

こうして自然の回復力や生産力の劣化に伴い、伝統的生活に必要な自然資源を得ることは難しくなってきました。

 時代の流れに適応できない人たちや、都会を中心とした商品経済や行政に魅力を感じず伝統的暮らしを維持したいと願う人びとは、より自然資源が残っている保護区周辺などに移り住み、水辺や森を切り開いて昔ながらの暮らしを再構築しようと試みます。しかし、居住や焼き畑、野生動物の狩猟は、保護区内では不法行為です。

6.増える貧困層

 今やサバ州は、マレーシア第一の貧困人口を抱える州です。

 マレーシアでは、月当たりの所得が600リンギット(約18,000円)以下の家族を貧困層と定義しています。サバ州では、20 %あまりの人がこの層に入ります。

 しかし、貧困とは収入だけで定義できるものではありません。教育や医療、福祉という行政サービスが届かない人々、市場経済や政治などの社会活動への参加が制限されている人々、地域社会や国家の情報を得ることができない人々が貧困層です。つまり、大多数が享受しているものを享受できない社会的な弱者が貧困層なのです。この意味では、辺境に追いやられた人々はまさしく貧困層といえます。

 それでも彼らの多くは、自然と一体となった伝統的暮らしを維持できれば、金銭がなくても自分たちは貧困だとは感じないでしょう。森や川から豊富に生活物資を得ることができれば、金銭がなくても豊かだと感じてきたのです。

 問題なのは、過去に比べて生活が厳しく難しくなっていることです。それは自然環境が劣化し、野生資源が減少していく現状では、それに依存した生活を送っている人々の生活は日に日に苦しくなっていきます。

 こうして、サバ州の貧困層は増えています。

 ボルネオの自然を守ることの意義は、単に生物多様性という地球の遺産を守ることだけではなく、自然資源に依存した暮らしを送る弱者を保護し、地域社会の健全な発展を確保することにもあります。 

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