ボルネオの生物多様性を守ることの意義

2004/8/4
草野 孝久
1.自然保全事業への国際協力
2.熱帯の生物多様性が高い訳
3.ボルネオ島の生物学的重要性
4.生物多様性という概念
5.野生生物の所有権
6.生物間の共生とともにある多様性
7.理解されにくい生物多様性の概念
8.消え行くボルネオの森と貧困拡大の悪循環

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1.はじめに:自然保全事業への国際協力

 ボルネオ島は、地球上で生物多様性が飛び抜けて高い地域の一つである。しかし、過去30〜40年ほどの間に人間活動が急速に拡大し森や海に向かったため、その豊かな自然生態系の破壊と消失がどんどん進んだ。自然資源の減少は、それに依存してきた多くの人々の生活を困難にし、貧困層を増やしている。自然資源を切り売りして発展してきた地域経済の将来と、健全な社会の維持への不安も高まっている。いかに環境を管理し人間社会の開発と発展を持続すべきなのかは、1972年のストックホルムでの初の国際環境会議以来、全人類的かつ地球的規模の課題として議論されてきた。その典型的な事例がボルネオ島に存在する。

 北ボルネオつまりマレーシア国サバ州で、この課題に取り組む事業が、マレーシア国立サバ大学、サバ州政府諸機関、NGOそして日本の国際協力機構(JICA)の協力で実施中である。私は2002年3月よりコタキナバルに駐在し、この事業の実施運営管理に携わっている。この事業には「ボルネオ生物多様性・生態系保全プログラム」という長くて一般には馴染みにくい名前がついているが、私は、自然と人間社会の関係を改善するための新たな枠組みづくりと思って取り組んでいる。

2.熱帯の生物多様性が高い訳


 熱帯は、生物種の宝庫である。地球上の生物の50%以上が熱帯に棲息していることが分かっているが、この数値は現実を反映してはいない。現在、世界中で180万近くの生物種が科学的に明らかにされているが、この数値は実際に生存する生物の数%にすぎないと言われている。種の同定や分類は先進国ではかなり進んでいるが、特に生物の多様性が高い熱帯雨林やサンゴ礁のほとんどは途上国に在り、調査研究は進んでいないからだ。更に1000万種以上の昆虫や植物が今後、熱帯で発見される筈だと多くの生物学者が推定している。私たちの調査では、1本の樹から平均60種ほどのアリを採取している。日本全国に生息するアリが250 種ほどであることと比べてみると、ボルネオの森林には未知の昆虫がまだ数百万種いると推定するのも妥当かなと思える。

 生物が多様化した歴史を見てみると、およそ1億年前に、それまで栄えていた裸子植物にかわり被子植物が大適応放散を始め、現在の森林では被子植物が9割を占めるに至っている。被子植物と昆虫は、共生関係により繁殖や自己防衛を実現し、進化し種の数を増やして来た。こうした植物と昆虫類の多様化の連鎖の結果に促されてほ乳類も進化し、やがて人類が生み出されたという理解ができる。

 熱帯林の生物多様性の高さは氷河期の存在と関係する。地球は形成されて以来ずっと温暖であったが数千年以前から冷えはじめ、ここ数十万年は一番寒い時期のようだ。特に氷河期には、生物種の多くが長いこと熱帯域に閉じ込められていた。現在は地表面積のわずか7%を占めるにすぎない熱帯林に、地球上の50〜90%の生物が棲息していると推定されている所以である。温帯林の遺伝子プールも熱帯の高地生物群から供給されていると言うことが、DNA分析を駆使した分子進化学や進化遺伝学、そして系統生物学の発達により分かってきた。


3.ボルネオ島の生物学的重要性


 超生物多様性(Mega-biodiversity)を有するとされる地球上の12の地域は、1億年かけて進化してきた生物学的遺伝子の貯蔵庫である。ボルネオ島は、その超生物多様性地域の一部だ。ボルネオ島とスラウェシ島を中心とした東南アジア諸島域は、ダーウィンが進化論の発想をつかんだガラパゴス諸島と肩を並べて、生物学上重要な位置が与えられている。

 ボルネオ島とスラウェシ島は、地理的にまた気象学的にも大した差がない地域であるにも関わらず、生息する動物の種が大きく違っている。後に動物地理学の祖と呼ばれる英国人アルフレッド・R.ウォーレスは、1880年代後半に東南アジア諸島域を調査中、明らかな生物学的境界線があることに気づいた。当時としては大胆な発想で彼は、ボルネオ島がかつてはアジア大陸に繋がっており、スラウェシ島はオーストラリア大陸の一部であったという仮説を立てた。この境界線は、やがてウォーレス線と呼ばれた。

 19世紀の終わりから20世紀の初めにかけて、多くの生物学者が正確な境界線を見いだそうと動植物の調査を行い、生物地理学強いては生物学全体の発展に大いに寄与したのである。ウォーレス線は生物学だけでなく、古代地理学やテクノプレート論の発展も刺激した。

 氷河期時代には海面が現在より70〜180mも低く、ボルネオ島やバリ島以西はマレー半島やインドシナ地域と陸続きであったことがやがて分かり、ウォーレス線の存在理由が裏付けられた。更に、ボルネオ島やジャワ島、バリ島は、ユーラシア大陸プレートの一部だが、そのすぐ東隣にあるスラウェシ島やロンボク島はオーストラリア大陸プレートの一部であることが分かっている。

4. 生物多様性という概念

 生物の多様性が自然の豊かさを示すものであり、これを保全することがすなわち自然資源や環境の保全であるという概念は1980年代に発達した。地球環境を保持するうえで、生物多様性保全は重要な概念であり有効な方策だという認識が形成され、1992年のリオデジャネイロ地球サミットで157国が「生物多様性条約」に署名した。

 生物の多様さとは具体的に何を指すのか、それを守ることがなぜ人類にとってそんなに大事なことなのか、という質問をよく受ける。

 生物多様性という言葉からは、まず種の多さをイメージするのが一般的であろう。いろんな野生動物や植物を思い浮かべ、それが多くいるほど豊かで良いことなのだなと理解する。しかし、これでは十分ではない。そこでしばしば、癌やエイズなど不治の病いの治療、あるいは健康増進や老化防止などに薬効のある動植物が、人に知られずまだまだ野生のままに眠っているのだという説明が使われる。人類にとっての利用価値がこれから判明するかも知れない多様な野生動植物を保護しなければいけないという理屈だ。伝統的な知識から、野生植物の薬効や利用を研究する民族植物学も盛んになってきた。

5.野生生物の所有権

 この説明は、間違ってはいないが、一儲けしてやろうという人達が野生の中に入り搾取するのを後押ししてしまってもいる。ここサバ州でも、珍しい昆虫や植物、そして薬効のありそうな植物を保護区内から無断で持ち出そうとする日本人や欧米人の話が後を立たない。山の住民を使って高価な香木を国立公園から盗伐し、大儲けをしている悪党グループの存在も公然の秘密だ。搾取の片棒を担ぐ生物学者も少なくはないようだ。

 薬効が見つかった場合、その植物の伝統的な利用方法を研究者に教えた原住民と、それを論文にして公表した学者と、その知識を利用し薬品を開発販売した会社とで、どのように利益を分配するのかのガイドラインを作らなければと、行政官や研究者達が話し合っている。自然を保護するための概念が、人間の欲の皮の突っ張りあいにすり替えられているようで物悲しいが、人間社会にとっては解決しなければならない問題だ。

 生物多様性条約以降多くの途上国が、自国の生物資源に関する権益を守るために、野生生物の保全条例を作り国外持ち出しを制限し防衛にまわった。私達が2000年に事前調査でサラワク州を訪れた時に、生物多様性の研究は全て自分達でやるので外国の援助は必要ないとの頑な態度に驚かされたものだ。研究面での国際協力を受け入れ、生物標本も知識も、そして利用の権益をも先進国に取られてしまった苦い経験から打ち出された方針であった。

 ボルネオを冠した協力プログラムをサバ州だけでやることになった背景にはこういう事情もあった。どこの途上国もこうしたトラウマを持っている。国際的な生物多様性情報ネットワークへの途上国の参加が進まないのは、あながち人材や技術の不足だけではない。

6.生物間の共生とともにある多様性


 遺伝子レベルでの多様さも重要である。分かりやすく言えば、犬やネコ等のペット、牛や豚などの家畜そして農作物や観葉植物などの品種改良、つまり生産性を向上させたり、嗜好性に合わせて新しい形態や味をつくり出すことができるのは、存在する多くの遺伝子のなかから組み合わせを選抜して育種しているからである。野生生物の環境変化への適応や種としての生存は、遺伝子レベルでの多様性に影響される。

 種の絶滅は、その生物の持つ固有の価値や遺伝子を永遠に失うことである。生物多様性の概念で一番大事なのはこの先である。

 湿地帯と高山の森林では生息する動植物種は大きく違う。固有の地形や地質、水質、気候などに適応した微生物や植物群が生息し、それらを利用する昆虫やは虫類、鳥類、ほ乳類が生息する。どの生物もお互いを利用しあいながら共生し、クモの巣のように複雑に結びついて、固有の生態系を成立させている。無数の生物間の相互作用のなかに多様性があるのだ。

 個々の種の生存に適した生息域がなければ、種や遺伝子レベルでの多様性は保持されない。特定の生態系が失われることは、その生態系を生息域とする無数の生物群が消失することを意味する。つまり、多様な生態系が残されていくことが地球上の生物多様性つまり自然資源や自然環境の保全にとって最も重要なことなのである。

7.理解されにくい生物多様性の概念


 このように生物多様性という概念は、遺伝子・種・生態系の3つのレベルで論じられ、研究を促し、保全事業を支持している。それなのに、私達のサバ州での協力プログラムは「生物多様性・生態系保全」というしつこい名前になってしまった。

 生物多様性という言葉が、自然生態系の多様性までも含んだ概念であることは、生物学や環境関係者のなかでさえも十分には浸透していない。生物多様性だけでは、種や遺伝子の保全だけと誤解されるのではないかとの不安が残ってしまう。サバ州の政治家や学者の発言、新聞の用語の使い方を見ると、種の多さに特化して生物多様性を論じ、生態系という言葉は大形動物の生息域や景観、水源涵養林など人間にとっての環境という意味合いで使われていることが多い。協力プログラムの計画段階で、私はいっそ「自然保全」というタイトルにしてはどうかと提言したこともあるが、多様性研究能力の向上や保護区の運営管理向上を包含した総合的な取り組みであることを強調したい関係者の意向でこの事業名に落ちついたのである。

8.消え行くボルネオの森と貧困拡大の悪循環


 ボルネオ島の生物多様性の高さは古地理学的な成り立ちと、高温多湿な気候により築かれてきた。1億年以上かけた進化の産物がボルネオ島の森林に残っているのである。しかし、今までのような開発が進めば、世界中の熱帯雨林は100年もしないうちに姿を消し、多くの生物種は発見される前に消滅してしまうことが危惧されている。ボルネオの森も例外ではない。   

 森林の減少は、外部から持ち込まれた大きな社会経済要因により進められてきた。森の減少は、野生生物資源に依存してきた人々の生活をどんどんと変えている。周辺村落の生活の変化は、更に森を減少させて行くだろう。自然生態系の破壊→自然資源の消失と環境の悪化→地域経済の弱体化と社会の不健全化→そして更なる自然破壊の進行という悪循環が加速するのを止めることが必要だ。

 生物多様性の保全とは、単に野生の動植物と向き合うことではなく、伝統的に自然資源を利用してきた人々と向かい合い、そしてそれ以上に、都会に暮らし無責任な開発を論じたり自然資源を搾取し金儲けをしている人たちと向き合うことだとつくづく感じている。

*この文章は、季刊誌「アフラシア」創刊号(2004年3月、現代アジアアフリカ研究所発行)に掲載されたものを、編集者の許可を得て若干手直し掲載しました。

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