ボルネオ・サバ州とケニアの自然保全の比較
2004/03/24
ケニア野生生物サービス局(JICA派遣専門家):今栄博司
2004年2月22日〜3月4日(12日間)、マレーシアサバ州のBBECプログラムの視察、及び南南協力の可能性について調査の目的で、リチャード・オバンダ氏(教育部門上級監理官代理)と共にボルネオを訪問した。その体験とケニアとサバの環境教育の比較について報告する。

l 「技術交換会」

 BBEC短期専門家の講義と合同で技術交換会が行われた。時間が足りなかったが、ケニアの野生生物と人々に関するビデオを見てもらった後、KWSの活動(特に教育分野)及びJICAのサポートによる環境教育プログラムについてプレゼンを行った。KWSの活動に関する部分はオバンダ氏、環境教育プログラムに関する部分は小職による、共同プレゼンである。

1時間半の殆どをプレゼンに費やしたが、マレーシア側の関係者に与えたインパクトは大きかったようで、非常に真剣に聞いてくれた。特に、天然資源をめぐる住民との軋轢の激しさやレンジャーによる命がけの密猟防止活動については、マレーシアにはまだないもののようであった。草野チーフからは「社会的にも経済的にも、野生生物保全活動の重大さ (seriousness) に関しては、ケニアの方がはるかに進んでいる」というコメントを頂いた。これは、今後マレーシアでも住民の社会経済的活動がより盛んになるに従い、天然資源の減少が危惧され、自然環境保全と経済発展の両立が切実に求められるが、その際には今ケニアで起こっているような激しい住民との軋轢が起こり得るということを指していると思われる。

 サバの人たちは、ケニアでの活動について現場を見ないまま話を聞いたために、具体的なイメージはわかなかったのではないかと思われる。また、天然資源をめぐる住民との軋轢に関して、国民性、あるいは野生動物と住民との付き合い方の歴史の違いにより、どうしてそれほど激しい軋轢になるのかピンと来なかったのではないかと思われる。

 今後マレーシアでも住民の社会経済的活動がより盛んになるに従い、天然資源の減少が危惧され、自然環境保全と経済発展の両立が切実に求められるが、その際には今ケニアで起こっているような激しい住民との軋轢が起こり得るため、KWSのレンジャーを訓練するための施設「マニャニトレーニングスクール」を、サバ州の関係者が見学することも有意義であろう。

●サバ大学

サバ大学熱帯生物保全研究所の活動についてブリーフィングを受け、また標本管理活動や施設を見学させてもらった。機材などを非常に丁寧に使っており、またそれらの管理状態も非常に良好に見えた。機材供与する甲斐があるだけでなく、機材供与が研究所の能力向上のカンフル剤になっているようにも思えた。

●キナバル山公園

3月2日には、サバ公園局のアレンジでキナバルパークを訪問することができた。コタキナバル市内から車で1時間半ほどの距離にあるが、サバ州の象徴ともいるキナバル山を抱えており、登山客やハイキングの観光客でにぎわっていた。公園入り口に近い熱帯植物園やキナバルパークについてのビ デオを見るためのシアターなど、立派な施設が整っているだけではなく、そのマネージメントもしっかり行われている印象を受けた。

環境教育センター内では、キナバルパークの様々な動植物の標本作りが専任のスタッフによって行われており、そこで作られた標本がセンターの展示物ともなっており、テーマによって展示を入れ替えることのできる層の厚さを感じた。展示物を自ら作ることができるということは、自分たちで選んだテーマで教育活動を進めることができるということであり、その点ではマレーシアはケニアよりもはるかに進んでおり、足が地についているように感じた。

●自然環境保全への技術協力について

 マレーシアでもケニアでも自然環境保全は人々の生活向上のために必要であり、BBECでもケニアでも人々と自然との関わり方(経済発展と自然環境保全の両立)を対象に活動を行っているのであって、自然環境そのものを対象に活動を行っているわけではない。

ケニアにおいては、専門家派遣、研修員受け入れ、機材供与、協力隊派遣などを通じてKWSの教育部門の能力向上を図っている。また、その教育部門の能力向上は、KWS全体のミッションである保護区管理や野生生物保全を追求する上で意義あるものでなければならないとの考えから、KWSの様々な取り組みの全体像を把握した上で、環境教育が様々な取り組みに対して果たすべき役割を認識し、環境教育を切り口としてKWSの包括的な取り組みをサポートしようとするものである。

 一方、マレーシアのBBECプログラムは、サバ州において研究・行政・環境啓発を統合した自然環境保全のための包括的体制構築を目標とするプログラムである。ケニアとマレーシアでは「自然環境」は大きく異なるが、「保護区管理及び自然環境保全は、住民の貧困削減を含む様々な分野にまたがる行政の調整能力の向上など、包括的なアプローチが必要である」こと、及び「包括的アプローチの中で教育の果たすべき役割」など、「取り組み」としての共通点は多い。KWSとBBECとでは、「包括的」のカバーする範囲は異なるので、その点には注意する必要がある。

● ケニアとサバの共通点と相違点

 サバ大学とキナバルパークでは、数多くのケニアとの相違点及び共通点を見つけることができた。

 相違点として大きなものは、スタッフの層の厚さや一つ一つの仕事が非常にきちんとマネージされていること、国民性や歴史による影響が大きいと思われる人と野生生物との付き合い方、などである。主な共通点としては、経済活動のために自然環境が破壊されておりそのマネージメントが急務であること、住民からのサポートは必須であり、そのためにいろんな形で住民を巻き込んでいること、などである。

ケニアのプログラムについては、プレゼンや個別の話を通じてしか理解してもらうチャンスがなかったが、それでもそのインパクトは非常に大きかったであろうことは、参加者の表情を見ていて確信できた。理解をさらに深めてもらうためには、BBEC側にケニアに視察に来てもらうことが必要であろう。

●包括的自然環境保全

 「包括的」の持つ意味について、BBECとケニア側とでカバーする範囲が異なるのではと感じたのは、国際セミナーであった。BBECでは政治家などを巻き込むことで州の発展計画の中に自然環境保全の側面を取り込み、そうすることで大学も含めて様々な州政府機関が関与すべき自然環境保全の活動を、政治がうまくコーディネートせざるを得ないように仕向けているのではないかと感じられた。いわば、政治を自然環境保全の推進力にしようとしているように思えた。マレーシア側のオーナーシップで自然環境保全を進める場合、政治を抜きにしては不可能であるし、その意味ではプロジェクト実施中に政治を巻き込んでおいて、自然環境保全をサバ州の発展軌道に乗せてしまおうという、プロジェクト後を見据えた戦略のように思えた。

 その一方で、BBECの各コンポーネントがどのように有機的に連携しているのかが、短期間の滞在では分かりづらかった。その理由の一つは、様々な州政府機関が関与しているため、機関同士の連携を見る機会が滞在中には殆どなかったためであろう。

 BBECの言う「包括的」とは、主に推進力としての政治、生物多様性に関する情報収集・管理・供給としての分類学、生態系保全推進の社会的環境を整備するための住民参加及び住民に対する環境啓発、天然資源の利用を含め住民や他の産業とのバランスを図りながら生態系保全をシステム化するための保護区の設立・ゾーニング、などが含まれているように思われる。こうした様々な分野のいろんな州政府機関が既に持っているが現場でバラバラに機能している能力を、政治の後押しを受けながら調整・統括し「包括的に機能」させるアプローチを意味しているように思われた。

 ケニアのKWSの場合、野生生物保全と保護区(特に国立公園)管理に関する全業務を政府から委譲されており、これらの業務に必要な機能や機関は、実際に機能しているかどうかは別として、既にKWS内部に存在することになっている。野生生物保全に関わるKWS以外の機関としては、森林を管理する森林局、国立保護区の一部を管理する地方自治体、様々な生物種の標本を豊富に抱えるケニア国立博物館などが主なところであり、その他に、どの程度関わっているのかまだ小職は知らないが、野生生物保全に関するコースを持つ大学、環境省下に新設されたNational Environment Management Authority (NEMA)がある。これらの機関とKWSとの関係を以下の通り表1に記した。下表の「KWSとの関係」については、現在までに小職が得た限られた情報を基に書かれており、今後調査が進むに従い修正が必要となる可能性があることを申し添える。

表1. 野生生物保全に関わるKWS以外の機関と、KWSとの協力関係

野生生物保全に関わるKWS以外の機関
KWSとの協力関係
森林局
森林保護区を守るForest Guardの訓練をKWSのレンジャー訓練施設で行っている。これは、Forest Guardだけでは森林保護区を守ることが困難になっている現状を受けたものである。
国立保護区の一部を管理する地方自治体
国立保護区の入場料などの収入は地方自治体に入るが、地方自治体のみではレンジャー育成や公園管理業務を適切に行うことが困難である。そのため、KWSに保護区の管理を委託している自治体もあれば、地元住民との軋轢がさらに悪化するのを防ぐためにKWSが無償でレンジャーなどを提供し、公園管理業務を代行している自治体もある。
ケニア国立博物館
博物館は野生生物保全業務に直接携わることはないが、様々な動植物の種の同定を委託されることがある。また、様々な生物の標本を豊富に抱えており、それらを用いて環境教育を実施している。
大学など高等教育機関
野生生物関連のコースを修了してKWSに就職するシニアスタッフは多く、人材育成の面からは貴重なパートナーである。その一方、大学の抱える研究者による野生生物関連の調査についてはあまり耳にすることがなく、どの程度の協力関係があるのか不明である。
NEMA
2003年初めに新設されたこの政府機関は、国の環境管理に関わる基準作りやそのモニタリングを委譲されているものと思われる。国全体をカバーするような、あるいは教育省など他の省庁との協力関係を構築することが必要な場合、NEMAを巻き込むことは必須になる可能性が高い。但し、現在のところ、NEMA自身がどのような役割を果たすべきか模索しているところのようであり、もうしばらく様子を見る必要があると思われる。

 

上記の表からも明らかな通り、KWS以外の機関で野生生物保全に積極的に貢献しているところはあまりなく、むしろKWSが他の機関に力添えしているというのが現状ではないかと思われる。KWS内にはコミュニティサービス(Non-Protected Area)部門もあり、住民の貧困削減と野生生物保全との両立を図るべく、様々なコミュニティプログラムを行っている。また、KWSには分類学をカバーする(はずの)調査部門や保護区やゾウの分布域などの情報をデータベース化するGIS部門、パトロールや調査に必要な自動車整備部門やレンジャー訓練校もある。このように、KWS内の様々な部門が様々な分野を既に「包括的」にカバーしているのが現状であり、そのような状態で「包括的」な取り組みを進めるには、

・ 各部門がしっかりと機能し、必要とあればKWS外の機関との連携を構築できる能力を持つ(例;コミュニティ部門が農業省と連携し、牧畜と野生生物管理のバランスを図る。教育部門が教育省と連携し、学校教育に環境教育を取り込む、など。)

・ KWS全体として目指す方向性を定め、各部門がそれに沿った形で活動を進め、また部門同士の連携も促され、相乗効果でKWS全体の能力が強化される

ことが必要ではないかと思われる。その意味で、現在のJICAの投入で可能な「包括的アプローチ」とは、KWS全体の業務において教育部門の果たすべき役割を広い視野で且つしっかりと認識し、教育部門への協力を通じて教育部門の機能強化を図りつつKWS内部の様々な部門の連携強化を図り、KWS全体の機能が強化されること、ではないかと思われる。

 但し、先に「実際に機能しているかどうかは別として」と書いたとおり、各部門の機能はサバ州の同様の機関と比べて非常に弱いものであり、またアドホックな対応が多く計画的に活動しているとは認めがたい、と言わざるを得ない。スタッフの層の薄さが一番目に付く部分であるが、それは密猟などを含め人と野生動物とが激しく対峙してきた歴史から、レンジャーなどのパトロール部隊に非常に多くの人員と予算を割く必要があることも一因であると思われる。92年ごろから世界銀行の主導のプロジェクトに多くの二国間ドナーが参加してKWSの各部門を援助してきたのは、各部門の強化とその相乗効果によるKWS全体の強化が同時に行われなければならないとの認識によるものと思われる。そのときから、住民関連はUSAID、湿地はオランダ、教育は日本など、分野ごとに各ドナーが割り当てられてきたが、99年の評価により世銀主導のプロジェクトが終了して、それと同時に多くのドナーが引き上げた。その後も続いているのはUSAIDのコミュニティサービス(専門家はおらず、ワークショップなどに財政支援をしている)と、日本の教育分野への援助のみである。日本の教育分野への援助はいわばその頃からの遺産であるが、細く長く続いている分、日本に対して「過大な期待はできないが裏切らない」という信頼関係は醸成されている。この信頼関係は、教育分野を入り口にKWS内の他の部門との連携を図って、KWSの包括的な取り組みをサポートしようとする際には大きな武器となる。各部門の機能がまだまだ弱いことからも、カンフル剤を打つような援助よりも、今ある信頼関係を活かして地道に底上げを図るような援助の方が、特に教育やコミュニティサービスなど住民と接することが多い部門には、高い効果が見込まれると思われる。

ケニアの野生生物保全には様々なドナーが興味を示し巨額の援助をしてきた歴史があり、またサファリによる外貨収入も非常に大きいことから、これまでKWSはそれらの「資金」を巡る様々な政治闘争に巻き込まれてきた。政治によるサポートを育むのは、当該国のオーナーシップを確保する上で非常に重要であるが、ケニアの場合そのハンドリングは非常にセンシティブな問題を抱えており、よほどの覚悟を決めない限りは、政治には手を出さずKWS全体としての能力強化に集中するほうが賢明且つ有効ではないかと思われる。

上記の「包括的アプローチ」に関する議論は、マレーシア滞在中に行ったものではないが、BBECプログラムを視察させてもらったことにより、ケニアでの活動を振り返ることができたものである。

 

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