BBEC、州議会になぐりこみだあ!
2003.11.25
草野 孝久
(1)     ビビるなあ

「どういうことになるのかな?」モクタールさんは自信なさげ。いつも沈着冷静で口数の少ない主席大臣府科学技術室長にしては、今日は珍しくおしゃべりだ。州議会に向かう車のなか、「主席大臣の気に入らないことをしてしまい、片田舎にとばされた局長が前にいたんだ」「なにしろ、こういうことは州議会始まって以来前代未聞だからね」と話し続ける。

今回のサバ州議会は、10月17日から23日までの会期。この間、私たちは「サバ州の生物多様性保全」と名打った展示会を州議会場で開催した。州議会場は、コタキナバル市街からサバ大学に向かう途中の海岸道路沿い、小高い丘の上に建っている。伝統的家屋を象った三角形の大きなビルだ。

この会議場でしかも会期中に展示会の類いが行われたことは一度もなかったとのこと。それ故に、主席大臣らがどんな反応を示すのか、モクタール室長は不安になったのだ。私も、州議会場に入るのは初めて。もっとも外国人がここに入ること自体、そうあるものではないとのこと。

BBECプログラム環境啓発コンポーネントの長を官房長の鶴の一声で任されたモクタールさんだが、もともと人材育成やIT促進の担当をしてきた。それまで自然保全にはいっさい関わったことがなかったので、日マ協力が開始された当初は戸惑いがちだった。それでも、その温厚で落ち着きのある人柄で、10近くになる機関からの代表で構成されるワーキング・グループ(作業部会)を率いてきた。4つの部会長が調整しあう会議では、彼の中庸なバランス感覚に助けられることが多い。

そのモクタールさんは、日本での研修や最近のつくば市での国際生物多様性情報会議(GBIF/GTI)などへの出席をこなすうちに、積極的に打って出るように変わってきた。

「州議会でBBECの展示会をやろう」と彼が言い出したときは、こちらが「えっ」と驚いた。


 

(2)     政策決定者たちの自然環境意識を改善したい

私たちの環境啓発プロジェクトでは、5つのターゲットグループに対し自然環境保全のための意識変革や行動の変化を促すキャンペーンを行う計画だ。学校の教師に対する活動が一番進んでいる。新聞記者に対するワークショップも行ってみた。産業界や開発業者へのキャンペーンも計画中だ。しかし、環境を重視した行政が行われ自然資源とそれに頼る弱者が守られるようになるためには、政治家や高級官僚たちの考え方や発言が大きな影響力を持つ。彼等に自然保全の重要性を理解してもらいたい。政治家の意識や行動をプロ環境保全に変えたい。それが環境啓発コンポーネントのワーキンググループの総意だった。

しかし、政策決定者、つまり政治家や高級官僚への啓発活動はどうすればいいのか、なかなか先が見えない。モクタールさんとは機会がある度にあれこれと意見を交わしてきたが、ある立ち話の席で、州議会へのなぐりこみのようなこの展示会の話を聞かされ耳を疑った。しかし、全閣僚、州議員54名と州政府のすべての局長と幹部100名以上が集まる州議会ほど格好の機会はない。「すごいことを考えたね」。

「BBECを前面に出さず、自然環境に関係している役所全部に声をかけてはどうだろう。BBEC紹介ではなく、いろんな役所が共同で自然環境保全活動を紹介するという位置づけにした方が良い」という助言を受けてくれて、彼は動いた。会議場の管理局長に了解を取り、官房長に説明した。サバ州公園局、森林局、環境保全局、サバ財団とサバ大学がこれに応じ展示を用意してくれた。でも、主席大臣には報告が言っているのかどうかは分からないので、少々不安なのだ。

 

(3)     目もくれてくれない代議士たち

巨大な会議場の入り口は大理石の床に赤いじゅうたんが敷かれている。真ん中の螺旋階段の上に目がいくと、爽やかなブルーの新しいJICAロゴが目に入った。州の紋章を挟んでBBECロゴと一緒に並んだ看板が、頭上にどうどうと掲げられていた。「やりすぎじゃないの?だいじょうぶかよ?」。前日、準備状況を確認していたモクタール氏は、私を置いて二階の本会議場に入っていってしまった。

幅30m長さ20mほどの入り口のロビー、赤いじゅうたんを挟んだ両側に展示パネルが並んでいる。右側にはまず環境保全局が環境アセスメントの結果やリモートセンスングの結果を展示し、環境概況などの出版物を無料で配っていた。顔見知りの課長や職員たちが「これは良い企画だ」と礼を言った。「モクタールさんの発案だよ」と私。


つぎはサバ州公園局が、管轄下の6つの国立公園の現況を紹介するポスターを展示している。隣には、サバ財団が伐採事業だけでなく自然保護区の管理と自然観光を組み合わせた成功事例があることをアピールする展示をしていた。正面は森林局のパネルだ。片隅に森林研究所から持ってきた昆虫の標本箱を並べている。大きなサバ州の地図に各種の森林区画や保護区が描かれている。この地図は展示会の目玉となり、数人が地図の前で議論している姿を何度も見かけた。森林局は、今年に入ってから民間に委託した森林運営区画を評価しなおし、植林や森林復元をしっかり行っていない業者2社との契約を破棄した。オランウータンの生息数が増加し生物多様性が回復している二次林復旧の成功例を国際シンポジウムで発表したばかりだ。森林局、サバ財団や公園局は自前の研究教育セクションを持っているので展示は結構うまい。

ロビーの反対側にはサバ大学が、これまでBBECプログラムの中で使ってきた幾つものポスターや写真を展示していた。真ん中にガラス箱のミニ・ビオトープが展示してある。苔やシダ類をたくさん配置し昆虫も入れ、山地熱帯雨林の豊かさを演出しようと言う趣向だ。昨年の日本研修に参加し、兵庫県立博物館の秋山さんの指導を受けている講師モニカさんの企画だ。エアコンの効き過ぎるロビーではガラスが曇ってしまっている。一番端っこにBBECプログラムでの活動や新聞記事を貼ったパネルが並んでいる。少し貧弱だ。BBECプログラムの出版物11冊を並べてもらった。先の国際セミナー報告書を50部持ってきて官僚たちに配るように頼んだ。

会期初日の本会議開始前、2人の大臣に展示会をやっていることを説明できたが、代議士たちの多くは時間ギリギリにやってきてそそくさと本会議場に消えた。顔見知りの代議士たちもせいぜい手を振る程度。主席大臣に至っては、おつきの人たちと打ち合わせながら周りは目に入らない風情で早足に通り過ぎて行ってしまった。会場に張り付いていた職員たちは、2日目も「代議士は数人が展示会に気付いただけ」と言う。でも、局長や付き従ってきた課長たちが空き時間に大勢パネルを眺めていたとのこと。

 

(4)最後はご満悦

3日目にはこの展示会の写真が新聞に出た。私たちがモデル地区として活動しているクロッカー山脈公園について、ある代議士が質問したことが報じられた。観光環境副大臣が、JICAの協力でビジターセンターが整備され、生物多様性の研究が進んでいることを述べたことも報じられた。私はもう一度州議会場に行ってみた。科学技術室が置いた訪問者帳には大臣や多くの代議士たちも含め80名ほどが記帳していた。どのコーナーでも配布物はあらかたなくなり、説明にあたった職員たちは一様に、自然保全を担当していない部局の幹部や代議士たちに自分達の活動を知らせることができたと満足げだった。

観光環境副大臣のカリム氏が私を見つけて「良い展示会だ」と誉めてくれた。「モクタール氏の力ですよ。ところで代議士たちの反応はどうですか?」と聞いてみると、「何人かの代議士が休憩時にBBECプログラムや生物多様性について話していた」とのこと。「本会議でも自然環境保全に関連する質問や意見がいくつか出たのはこの展示会の影響もある」と言うので、「そんなことはないでしょうが、最近は新聞でも自然保全の記事が増えてきてますからね」と言うと、「君たちの活動のおかげだ」とおだててくれた。

最終日、モクタールさんはご満悦。主席大臣による展示会のテープカットを企画したが時間がないと断られたけど、代議士たちの反応は良かったし、新聞にも出たし、他の局長たちからは話題にされて株を上げた様子。初日の心配はどこへやら。

州議会への私たちの押し掛け(なぐりこみ)「生物多様性保全展示会」は、自然保全の活動を知らせると言う意味ではまあまあ満足の行く結果となった。しかし、これほどのことで政治家や高官たちが自然保全派に変わる訳はないので、次の手を考えなくてはならない。

モクタールさんは私たちの日マ協力プログラムのサバ州機関間のコーディネーター役も担っている。彼が積極的になってくれることは頼もしい限り。だが、これまでサバ大学中心に進んできたこのプログラムの力関係が微妙にずれ始めたのは、私の新たな頭痛の種となった。

 (了)

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