豊かな生態系の楽園「エデンの東」を救え!

2003/5
「ボルネオ生物多様性・生態系保全プログラム」
チーフ・アドバイザー  草野 孝久
*本文は、「JICAフロンティア」誌2002年11月号に掲載されたものに加筆したものです。

 ボルネオと言えば、ジャングル。高さ60mで波打つ樹冠。昼なお暗き密林の無数の植物群。1本の樹に何百何千種も生息する昆虫。巨大なラフレシアの花。往く舟を眺め下ろす大きな鼻と太鼓腹のテングザル。そそくさと逃げるワニ。立ち上がって見送るカワウソの夫婦。真っ赤なリーゼント頭のサイチョウ。真夜中の大合唱はカエルたち。

 ボルネオ島は、地球上で最も生物多様性の高い地域の一つです。未だ名前の付いてない生物は数十万〜数百万種とも言われます。豊かな生態系はまるで地上の楽園「エデンの園」のようです。永いあいだ、多様な民族と多様な生物が共生する穏やかな暮らしを慈しんできました。


セガマ河下流域の新保護区設置を申請した川辺林にて。
写真�J.Payne

 

● 消えゆくジャングルと増える貧困層

 サバ州の経済は1970〜80年代に木材輸出で急成長し、マレイシアのどこよりも速いスピードで森が消滅しました。サバ州の森林は、もう全土の半分ほどしか残っていません(日本の森林率は67%)。開発や伐採から守られている森はたったの約5%に過ぎません。何億年という時間をかけて進化した多くの生物種がサバの森とともに、地球上から永遠に消えてしまっているのです。今や私たちがイメージするジャングルらしさに出会えるのはわずかの地域です。今では伐れる樹が減少し林業は衰退。代わりにアブラヤシのプランテーションが拡大し、見渡す限りのヤシ農園が広がっています。こうした農園の多くが州外資本と外国人労働者で成り立っているのです。

 サバ州の原住民であるドゥスン族やバジャウ族などは、管理された労働や画一的な生活を好まず、ヤシ農園に雇われる人はあまりいません。土地を失った彼らは、都市に移り住むか、自然資源が残っている保護区周辺などに移り住み、水辺や森を切り開いて昔ながらの暮らしを再構築しようと試みます。しかし、居住や焼き畑、野生動物の狩猟は、保護区内では不法行為です。自然資源に依存した生活を送っている村落部の人々や、時代の流れに適応できない人々が社会的弱者にされてゆきます。

 今やサバ州は、マレイシア一の貧困層を抱える州です。

 サバ州では自然資源を利用した観光を、林業に代わる産業として育成させる計画です。限られた地域で珍しい大型動物を見ることができるため観光客には評判ですが、その背景には、生息域が狭められて行き場を失った動物が保護区内に集中しているという現実があります。

● 自然保全のための総合的なアプローチ

 サバ州の行政はマレイシア連邦の中で特に独立性が強く、連邦政府とは別個の省庁を持っています。更に、自然資源に依存した経済開発の歴史がゆえに、関連する政府部局は複雑に細分化しています。

 例えば、原生林保護区やマングローブ保護区などは主席大臣府森林局、野生生物保護区は観光環境科学技術省の野生生物局、国立公園は同省傘下のサバ公園公団、伐採予定地域内の保護林などはサバ財団の管轄と言った具合です。加えて、同じ保護区でも植物は森林局、動物は野生生物局、公害は環境保護局と言った具合に保全の対象が異なると担当する役所も違います。こういう状況では、生物多様性に関する知識も保全技術も共有できないので非効率的だし、保全活動も対象ごとにバラバラで効果が出にくいという問題があります。

 このため、サバ州政府3省9部局と国立サバ大学が連携し、自然保全体制の強化と効率性の向上を目的に実施する「ボルネオ生物多様性・生態系保全プログラム」に対し、日本の国際協力事業団(JICA)による技術協力が2002年2月から2007年1月までの5カ年間行われています。

 生物多様性をよく理解し、自然生態系をよく守り、環境的に持続可能な社会を構築することに包括的にとり組むために、このプログラムは「研究教育」「公園管理」「生息域管理」「環境啓発」の4つのコンポーネントを包含しています。各コンポーネントは、別々のプロジェクト・デザインを持ち、5〜8機関合同の作業部会により運営されます。4作業部会長の連絡会や州官房長を議長としたプログラム運営委員会が全体の連携や統合化を促進し管理しています。

 複数の機関による複数のプロジェクトを包括して協力し、より上位の目標を効率的に達成しようとする援助方式を「プログラム・アプローチ」と言います。JICAにとってボルネオでの活動は、この援助方式を取り入れた先駆的試みです。派遣される専門家の数や機材供与の予算規模からいえば従来の大型プロジェクト1案件ほどのため、いかに効率よく成果を上げていくかが肝心なところです。例えば、一人の専門家が、複数の機関の複数のカウンターパートに対し、複数のプロジェクトに関わる助言や技術移転を行っています。技術講習会や野外調査、ワークショップは必ず複数の機関で共催し、参加者は広く多機関から募ることにしています。

 この協力で日本人専門家達のカウンターパートとなり、計画・実施・モニタリングに携わる人たちは、80人を超えています。当初に計画した10機関に加えて、連携を取る州政府機関やNGOの数も増えてきました。

● 必ず成果は出したい

 協力開始から一年余り立ちましたが、こうした連携による相乗効果が出始めています。

 アジアゾウやテングザル、バンテン(野生牛)といった絶滅危惧種が住む川辺林生態系を新保護区にする計画が具体化しました。既に申請書は環境担当の大臣を経て、閣議にかける手続き中とのことで、早ければ5月にも新保護区がこの協力の成果として誕生することになります。

 この地域で伝統的な暮らしをする約300人の川の民の村落と一緒に、如何に現在の自然環境を保全していくか、その形をどう作っていくかがこれからの挑戦です。

 これまで管理が不十分だった沖縄本島ほどの広さがある国立公園では、水源涵養林としての役割が見直され、8つの郡庁(最小地方自治体)と州の灌漑排水局や土地・測量局などがサバ公園公団に協力し、公園内に居住する住民たちの伝統的な土地利用を認めたゾーニングや公園周辺のバッファーゾーン(調整区域)設置を検討しています。こうした動きはマレイシアの国立公園としては初めてのことです。周辺の郡庁に自然環境課を新設する動きも出始めました。

 公園内に居住する(してしまった)約2万人もの低所得層が、焼き畑や盗伐・密猟などによる無理な自然資源の利用を止め、代替生計あるいは違った人生設計を確保できるかは大きな課題です。そして公園内の自然と村落住民双方の脅威である、組織的な違法伐採による自然破壊を食い止めなければなりません。

 研究教育体制も整備されつつあります。標本採集・同定分類の技術の移転、記録してデータベースとして残す体制の構築、GIS・DNAラボ・電子顕微鏡などを使った高度な研究のための人材育成も進んでいます。調査研究技術については、幾つかのテキストやマニュアル、フィールドガイドなどが作成されました。このプログラムでは、1年間で11冊の本を出版しました。

 この協力は頭文字を取ってBBEC(ビーベック)と訳され、一般市民参加のコンテストで選んだロゴも好評です。BBECが新聞やTV・ラジオで取り上げられること60回を超えました。私たちの活動が知られるだけでなく、サバ市民の自然環境保全意識が向上し行動も変わることが、4年間後の目標です。

●健全な自然を将来の世代に残すこと

 自然環境保全はどの国の将来にとっても重要な課題ですが、特に急速な人口増加や多くの貧困層を抱える開発途上国の状況はさらに切実で、緊急な国際協力が必要です。ボルネオの生物多様性とそれを支える生態系を人類の遺産として残すことが、私はアジアの先進国である日本の責任だと思います。70〜80年代にここで伐採された木材の7割以上が日本向けであったこと、日本で消費するパーム油の95%がマレイシア産であることを忘れてはなりません。

 現代の人類はさながら、禁断の実を食べてエデンの園を追われ、その東で生きて行くすべを模索するがごとしです。私たちのプログラムはサバ州における「エデンの東」を救う方策をなんとか築きあげたいと思っています。

(2003年5月)

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