生物多様性情報の統合化を目指して
2003年2月19日
橋本 佳明
私たちが責任をもって、ボルネオ島の生物多様性を利用しながら、同時に保全を目指すためには、1)どんな生物がいるのかを調査収集し、2)その結果を分類整理、記述して、3)誰もが利用できる情報として整備することが必要です。この3つの責務が達成されて、はじめて、生態学者や資源管理者、政策決定者が、同島の生物多様性を生み出した生態系の解明や、その保全管理、資源としての利用、あるいは、保全と農水産業や観光産業との調和に取り組むことが可能になります。


同島サバ州ではサバ州森林局研究所とサバ州公園局博物館(キナバル公園)、マレーシア国立サバ大学熱帯生物・保全研究所に、同州の各保護区でから集められた動植物標本がすでに多数集積されています。これらの機関が収蔵する標本データをデータベース化して、その生物多様性情報を統合できれば同州の生物多様性の概要を早急に把握することができるはずです。


この3つの機関は皆、BBEC(ボルネオ生物多様性・生態系保全プログラムの略称)の参画機関です。各機関が参加して作ったPDM(本プログラムの達成目標)には、標本データのデータベース整備が合意ずみで、各機関は収蔵標本のデータベース化を望んでいるのです。昨年はこうしたデータベースの必要性を理解するためのワークショップを関係機関から約50名を集めて実施し、先月そのときのテキストが小冊子にまとめられ発行されました。ここ数ヶ月は、私と舘専門家、カウンターパートのホーマさん(サバ大学)とで、サバ州の生物標本収蔵の現状を明らかにし、その情報のデータベース化をはかるための調査を実施しました。

なんと、昆虫標本19万点 植物標本22万点、動物標本3万点、計44万点を越える標本が、サバ州の3機関にすでに収蔵されていることが明らかになりました。それと同時に、この3つの機関が、同じサバ州にありながら、どんな標本をどれだけ収蔵しているのかを互いに知らないことも明らかになったのです。


この背景には、行政組織の縦割り構造や、連邦とサバ州政府機関の関係、生物多様性資源管理に関する政治的な駆け引き、各機関のライバル意識があります。各機関は、自分たちの収蔵標本情報をデータベース化したいと思っていても、その情報を互いに共有することには積極的ではないのです。これでは、データベース整備の効果が半減します。(こうしたことは、どこの国でも聞く話です。)

その一方で、彼らの収蔵する標本データの一部は、グローバルな生物多様性情報データベース・センターに提供されていることも明らかになりました。このこと自体は大変意義のあることです。今、ヨーロッパやアメリカなどが中心となって、地球の「自然遺産・資源」を保全管理するために、世界中から生物多様性情報を集積し、公開する活動が勢力的に進められています。これに積極的に協力していくことは、生物多様性保全の研究に関わるものの義務と言えるでしょう。しかし、今のサバの状況を見ていると、これは変な感じです。たとえれば、ご近所の家同士が互いに、だれが住んでいるのかを知らないで、ご近所の情報を国連から教えてもらうようなものです。


ボルネオ島の生物多様性は人類の「自然遺産・資源」ですが、同時に、同島に住む人々にとっての「地域の自然」です。同島の「人と自然の共生」実現には、地域の人々が地域の生物多様性の価値を認識できる仕組みが必要です。まず、地域の生物多様性情報共有のためのネットワークが確立され、そこから世界へとつながっていくことが求められます。そして、BBECの究極の目的も、同島の生物多様性保全のためにサバ州内に協調体制を創設することです。


こうして、標本情報データベースをどのように整備していくかとともに、そのネットワーク化をどのように進めるかが、私たちの課題となりました。2月25-27日の国際セミナーの第三日目に、サバ州で生物標本コレクションを所蔵する機関を集めて、「生物多様性情報のグローバル化と、生物多様性情報の地域ネットワーク化」をタイトルに、サバ州のネットワーク創設を目指したワークショップを開催するのも、このためです。

さて、このネットワーク化がどのような顛末を迎えるのか。今の心境をカッコよく言えば、黒船がやってきた幕末に、雄藩をまとめようと奮闘した坂本龍馬のような心持ちです。しかし、この偉人と違って、政治力もカリスマ性もない私個人には、正直なところ荷が重すぎると感じています。


でも、BBECはサバ州官房長を運営委員長に、9州政府組織、1国立大学とNGO、複数の日本人専門家がチームを作って活動する「プログラム方式」のプロジェクトです。ここに個々人あるいは1組織との協力では為し得ない強みがあります。このネットワークが、次のネットワークを生み出す力となることを信じて、頑張ってみることにします。


ボルネオ島の熱帯雨林をフィールドに分類学研究を行ってきた日本の研究者としても、日本の協力で、「生命の宝庫」と呼ばれる同島に、東南アジアで初の生物多様性情報ネットワークが整備され、その保全に少しでも貢献できれば、胸を張って日本に帰れますから(背中から、「日本国内はどうなっているのかね?」という声が聞こえてきますが…。(了)

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