Bosouとなれずし

2004/06/25
公園管理コンポーネント
臼井 俊二(公園管理専門家)
クロッカー山脈公園を管理していく上で重要なのは周辺や公園内に住んでいる人達から話を聞き、公園局の管理に関する方向性を伝えていくことです。

サバ州に赴任して3日後(3月19日)に、住民への説明会に出席する機会がありました。公園局の副局長、クロッカー山脈公園公園長、坂井茂雄・JICA専門家たちと参加しました。説明会は午前中に終わり、そのあとは「飲みニュケーション」になりました。

酒の肴として出されたのが「bosou」です。日本で有名な「琵琶湖の鮒寿司」とは似ても似つきませんが(コーヒーの空き瓶に入っていた)、中身は「なれずし」です。なれずしは、淡水魚を米と塩を使って発酵させた保存食です。サバ州でなれずしに会うとは思ってもみませんでしたから、びっくりしました。お酒は「tapai」という米の酒でした。

東南アジアのなれずしについて、コタキナバルで知り合った京都大学学生の柿岡諒さんに調べてもらいました。ここで簡単に紹介します。

国外のなれ鮨について詳しく書いてある“魚醤とナレズシの研究”という本が見つかりました。この本は、著者のフィールドワークなどを元に、インドネシアから日本に至る各国のナレズシや魚醤について詳細に書いてあるものです。

この本によると、ナレズシは水田耕作民が魚を長期保存するために始められたとされています.ナレズシが分布しているのは、インドネシア、マレーシア、ミャンマー、タイ、カンボジア、ラオス、ベトナム、中国、韓国、日本で、いくつかの例外を除いて、いずれも水田耕作民が行っています。ナレズシの発祥は東北タイからラオスの周辺で、一方ではマレー半島、インドネシアに伝わってさらにはボルネオや台湾に伝わり、もう一方では雲南から長江を下り、日本へ伝わりました。ボルネオでは、例外的に焼畑耕作民がナレズシをつくっているようです。これを著者は、古い時代に焼畑耕作民と水田耕作民が接触した結果伝わったものと見ています。

残念なことに、著者はボルネオで調査を行っておらず、ボルネオでの記述は松原正毅の1970年の論文からとったもので、しかもそれ以外にボルネオでのナレズシについての記載は見ていないということです。

“魚醤とナレズシの研究” 石毛直道,ケネス・ラドル著,岩波書店,1996年.ISBN 4-00-002721-2

5月15日にはTambunan(タンブナン)郡の収穫祭に行ってきました。そこでもbosouを売っていて、試食をさせていただいたのが掲載している写真です。一緒に行った青年海外協力隊の隊員は「おいしい」と一言。ちょっと臭いですが、なかなかのものです。

こんな形での日本との繋がりがあるなんてすごく面白い。もちろんこのプログラム(BBEC)が中心題材として挙げている自然環境でも日本との繋がりがあります。それは次の機会に書きたいと思います。


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