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ボルネオの自然
地球塾ダガット村教室で教わったこと Part 5

坪内俊憲(生息域管理コンポーネント)

 第一回ダガット村ホームステイ・ボルネオエコツアーの初日の夜は村長によるティドン族のお話でした。これまで幾度となくとても面白いお話をしてもらい、夜がふけるのを忘れて話が弾むことも度々ありました。ところが、今回、日本の若い女子学生が8名も目の前に現れたため、75歳の村長さん、やたら緊張してしまってうまく口が回りません。最初にティドン族の結婚のしきたりの話をしてしまい、ティドン族の歴史に関する話になり、また、話が途切れ途切れになって、あらあらという事態になってしまいました。それでも学生さんからいろいろ質問が出て、徐々にいつものペースを取り戻してくれました。

 ダガット村の人たちにとって唯一の現金収入はオニテナガエビ漁で、一家族あたり月収300リンギット、日本円に換算すると約9000円ぐらいの収入があると推定されています。この水準は、世界銀行の言う貧困層になってしまいます。でも、森と川の恵みを利用した生活を体験してみると彼らが豊かな精神をしていることに気付かされます。

村長のこれまでの話によるとティドンとは丘陵地を意味し、ボルネオ島の東側、今のインドネシア領のカリマンタンの小高い丘で果樹を植え、農業で生活をしていたそうです。理由はわかりませんが1930年ぐらいなって、カリマンタンから船でサバ州のサンダカン近くの土地に移り住みました。当事、移動中に見たセガマ河下流域はうっそうとした森林で入ることが難しかったそうです。ティドン族はその後スルー王朝の支配下には入らず、丘で農業をして生活をしていたそうです。ワニ革ハンドバッグが注目され、ワニ革が世界のブームになったころ、サンダカン付近にはたくさんのワニがいたので河で漁をして現金収入を得るようになりました。ワニ革ブームが終わるころ、村のリーダーがなくなって村がばらばらになってしまいました。1970年ころから木材ブームがボルネオ島を襲い、各地で伐採事業が活発に行われるようになり、今の村長さんがリーダーとなってサンダカンからセガマ河下流域に移動し、ティドン村を作りました。伐採はとてもきつい仕事でしたが、かなりの現金収入にはなったそうです。そのうち切れる木材がなくなり、伐採からの収入が減少してくるころ、大規模なアブラヤシプランテーションが作られるようになり、先住民権利で取得した土地をプランテーションに売り渡して現金収入を得る方法を見出しました。河にたくさんいたワニはほとんど採り尽くしてしまいましたが、汽水域にはオニテナガエビがたくさんいることがわかり、すでにオニテナガエビは絶滅してしまった香港やタイに輸出するために華僑が仲介役となり、現金収入が得られるようになりました。先住民権利で取得して売れるような土地はすぐになくなってしまいましたが、まだ、オニテナガエビが何とか現金収入をもたらしてくれています。

ダガット村村長が話してくれるティドン族の歴史は貧困問題とはどのようなことなのか教えてくれています。植民地政府、あるいは時の権力者にが制定した法律によって伝統的に利用してきた資源、土地から合法的に住民が排除され、片隅に追いやられてしまうことがありました。言葉も異なり、法律など知るよしもない人々はいわれるままに英語で書かれた書類にサインし、所有していた土地を売ってしまいますます生活圏を狭めたこともあったようです。辺境の土地に残る換金可能な資源で生活を細々と営むことになってしまいました。もし、その資源が枯渇したとき、生活は成り立たなくなり、町の工場やアブラヤシプランテーションの低賃金労働者として出て行くことになります。低賃金に耐えられなくなると、あらゆる手段でお金を得ることを考え始めます。ティドン族の人たちは伝統的に農業を営んでいましたが、貨幣経済の進展と共に換金可能資源であるワニを求めて河に移動し、伐採労働者として村を形成し、先住民権利で土地を取得して大規模プランテーションに売り生活を成り立たせてきました。そして、今、オニテナガエビという資源で細々と生活をしています。そのオニテナガエビがプランテーションから流れ出る泥や農薬によって減少し続けています。資源が枯渇し、新たな現金収入源が彼らの周りで見つからなかったとき、村が崩壊の危機を迎えるのではないかと心配されます。

2003年、野生生物局が新たな保護区を彼らの生活圏に設置しようと提案したとき、彼らから「また、政府はわれわれから土地を取り上げるのか!」というとても厳しい反応でした。明らかに保護区というものは彼らから見れば生活を依存している資源を奪うものでした。この状況を3年かけ、試験エコツアーと称して外部の人を呼び、生活体験、民芸品教室、薬草教室、森の野菜採取教室を開き、教えてくれる村人をカンポン・プロフェッサー(村の教授)と呼んで生活にプライドを回復してもらえるように活動してきました。結果、村との信頼関係を築きことができ、保護区を設置することができました。ダガット村村長のこれまでの話してくれたティドン族と村の歴史から開発、貧困、保護区の関係を具体的に教わりました。

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