BBEC
ボルネオの自然
地球塾ダガット村教室で教わったこと Part 4

坪内俊憲(生息域管理コンポーネント)

第一回ダガット村ホームステイボルネオエコツアーにはたくさんのハプニングがありました。ダガット村の若者代表パティールさんは、私の勤務先でもある、野生生物局ヘルマンレンジャーと一緒に2月14日から16日までBBEC第4回国際会議での発表のためコタキナバルに来ていました。2月に入ってサバ州東部では雨が降り続き、キナバタンガン河、セガマ河とも大規模に氾濫していてツアー開催が危ぶまれましたが、3日ほど雨がやみ、ダガット村へ行く桟橋までの道路が何とか通れるまでに回復しました。しかし、道路はいたるところでぬかるみ、19日の朝までにダガット村に着き、次の日からのエコツアー受け入れ準備をしなければいけないパティールさんとヘルマンレンジャーは途中でぬかるみにはまり、脱出不能になってしまいました。結局、一夜を車の中で明かし、近くのアブラヤシプランテーションの人に救援を求め、やっとの思いでお客さんが到着する3時間前に村に戻ることができました。時を同じくして、子供の火遊びからダガット村で火事が発生し、何も持ち出すこともできないまま、3家族が生活する家が一軒全焼してしまい、テレビなどの電化製品を含めた財産も跡形もなく消えてしまいました。

そんな慌しさの中、2時間後には、第一回のエコツアー客13人、他、旅行会社の方、通訳と私が村に到着しましたが、村の人たちは何事もなかったかのようツアー客を受け入れ、ホームステイ先を紹介してくれました。ホームステイ先に移動する直前になって、ダガット村のパティールさんから村で少々不幸なことがあったので今日一日あんまりはしゃぐことができないことを了承して欲しいと伝えられました。でも、あまりにも何事もなかったような村の様子に火事があったことさえ気が付かない人もいたほどです。

村での滞在最後の夜には、川で取れた魚とオニテナガエビのバーベキューを楽しみ、カラオケ大会で大はしゃぎとなりました。先述の火事で住む家を失った3家族は、火事の2時間後にはそれぞれほかの家で受け入れられ、普段どおりの生活を始めていました。日本ではとても考えられないことではないでしょうか。地震や火災で家を失うたびに仮設住宅で生活し、孤独死を迎えるお年寄りの方について報道されます。ひとつの家で数家族が生活するダガット村には仮設住宅は必要ないし、お年寄りの孤独死などは彼らに想像もつかない悲劇的なことのようです。ダガット村には一人障害を持った男の子がいます。障害がはっきりわかったとき両親はラハダトにある総合病院に入院させました。一ヵ月後、村の人たちがお見舞いに行った時、その病院での様子を観察し、村でその子について協議をしたそうです。その後、両親、村の人たちも一緒にその子供を迎えに行って、村につれて帰りました。今も村人全員で両親とともにその子見守って、育てています。村には病院も薬局も、障害児のための教育訓練施設もありませんし、もちろん専門の方もいません。でも、村が存在する限りその男の子は専門施設に入ることなく、村の人たちの温かい目で見守られながらしっかり成長していくことと思います。直前に15軒しかない家のひとつが跡形もなく燃え尽きてしまったにもかかわらず何事もなかったかのように第一回エコツアー客を受け入れてくれたこと、そして、村に一人いる障害を持った男の子の話しから日本が経済発展とともに失っていった人と人のつながりを教えてくれます。サバ州の端で村の人たちはひっそりと自然に依存し、自然とともに生活していますが、同時に村の人たち自身も同じ村に住む他の人たち依存し、そして共に生きることを実践しています。村の生活は相互に依存する、相互に助け合う社会であり、「社会福祉」という考え方の原型を教えてくれます。ここには、今の日本が直面している介護を代表とする社会福祉の問題を解決するヒントがあるように思います。さらには、村全体として自然と共生している姿から、生物多様性保全という地球環境問題を解決するパートナーシップとは人と自然、そして人と人をつなぐことと教えてくれているようです。

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