BBEC
ボルネオの自然
花子昇天

2004.5.21
草野孝久

サバ大学は、マレーシアで9番目に設置された国立大学です。

 その土地柄から、生物多様性やバイテクという自然資源利用の研究教育の拠点と位置づけられています。その一つが、私たちのBBECプログラムの研究教育プロジェクトの主務機関となっている熱帯生物学・保全学研究所(ITBC)ですが、じつはもう一つ日本人の活躍によりサバ大学の目玉になっている研究所があります。それがボルネオ海洋研究所です。

 そのボルネオ海洋研究所の助教授をされている瀬尾重治さんは、18年前に私がマレーシア国立獣医学研究所に働いていた頃、JICAの技術協力で国立農業大学(UPM)の海洋水産学部で勤務されていたのです。そして、その時にカウンターパートだったリズワンさんがサバ大学海洋生物学研究所の所長さんです。   

 2001年に初めての調査でこの地を訪ねた際に、お二人にお会いして懐かしい再会をし、奇遇に驚くとともに、瀬尾さんの活躍に嬉しく思ったものです。
 瀬尾さんは、UPMへのJICA派遣専門家を終えた後、様々な活動をされてきましたが、その技術と人柄を乞われて、サバ大学から直接雇用されて助教授になったのです。特にハタ類など高級魚の養殖技術ではほかに並ぶもののいないほど秀でた方で、サバ州の養殖産業開発の担い手としてマハディール前首相からも期待をかけられた方です。

さて、その瀬尾さんのところで、野生のイルカを保護しているという話を聞いて見せてもらいました。
 ふ化場の直径5mほどの魚類用飼育水槽で、イルカは泳いでいました。
 シワハイルカ Rough-toothed Dolphin 学名はSteno bredanensisと教えてもらいました。体長は2m足らずの小型のイルカです。
 1頭だけ河口の浅瀬に迷いこみ、相当に弱っていて泳げなかったので、保護されて大学に持ち込まれたのだそうです。
 「ここ数日間はイルカ中心の生活で、研究や教育実習に影響が出ている」と言いながらも、瀬尾さんはイルカに”フリッパー花子”と名前を付けて、だいぶ可愛がっていました。花子は瀬尾さんが呼ぶと寄ってきます。イカとアジを1日に7キロ食べ順調に回復しているという話でした。
 噂が広がっていろんな人が見に来て、驚かしたり触ろうとするので、せっかく回復しつつある花子のストレスになって困ると、研究所のスタッフや学生たちに、むやみに人を入れないようにいいつけていました。

 それから2週間後、「本朝、フリッパー花子は、昇天いたしました」というメールが入りました。
 死因は、夜のうちに心ない不審者に古雑巾をくわえ込まされたというものでした。瀬尾さんがその朝見つけて、口を広げてその古雑巾を引っ張り出しましたが、もう手遅れだったのです。
 たぶん、イルカをからかって遊ぼうとしたのでしょう。誰でも動物を見ると、なんとか自分の方によってきてほしい、接触を持ちたい欲求に駆られるものです。しかし、その動物のことをよく知らないで干渉すると、動物の側にとっては大変な迷惑で、今回のように死を招いてしまうこともあります。瀬尾さんは、あまりにしつこくからかわれるので怒って噛みついて、のどに詰まらせてしまったのではないかといいます。無知で心ない人というのは残酷なことをするものです。そして自分で引き起こした残酷な結果の責任もとらず消えてしまいました。

 「餌もよく喰い」5-8 kg/日)、昨日の夜には私が呼ぶとやってきて、気持」よくあごの下を撫でられていたのですが、非常に残念です」。「いつ、どうやって海に帰してやろうかと、思っていたのですがとにかく残念です」と、瀬尾さんは大変に気落ちしていました。

 このことは、多かれ少なかれ、私たちが知らず知らずのうちに間接的に自然から奪い、野生を痛めつけ、そして知らんふりを決め込んでいることを象徴するようで、後味が悪く、そして重たくのしかかる事件でした。

 花子に合掌。

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