BBEC
ボルネオの自然
愛すべしテングサル

2004.5.5
草野孝久

うひょ?。思わずひっくり返った小舟の上。

 樹上のペアはこっちに気づき、体を離した。メスはそそくさと数歩前の枝に移り、後ろ姿でこちらをにらむ。オスは悠然と上の枝へ。

観察者としては失格だ。でも、笑いが止まらない。だって、他人のセックスをばったり見てしまったらどうします?

 テングサルはとっても人間くさい。

 他の動物の食べない水辺の木の葉を主食としてるので、繊維を消化するためにどこかのおじさんのようにお腹が膨らんでる。わたしのよりずっと大きい。名前のとおり鼻が高い。メスのは尖り、オスのは巨大明太子をぶら下げてるみたいだ。オスは鼻がじゃまになるので、片方の腕で押し上げて食事をしているのを目撃できる。サルにしては図体がでかい。オスの成獣は20kgにもなるという。

1頭のオスが数頭のメスを従えてハーレムを作る。オスはバカでかい鼻をヒクヒクさせ、甘い声でウゴッ、ウゴッとメスを誘う。鼻が大きい方がメスザルにもてて大きなハーレムを作っているという調査報告もある。子供も入れると十数頭のハーレムに出会ったことがある。ハーレムの主は、いつも一番高いところに陣取り周りを警戒している。あまり人慣れしていない群れでは、船が近づくとオスザルが警戒音を発声してみんなを逃がしてしまう。最後に自分が逃げる。家族の安全を第一に考えるあっぱれなやつだ。
テングサルは全体が明るい茶色だが、腰の周りが白い。特にオスの腰としっぽはくっきりとした白で、まるでパンツをはいているようだ。オスの生殖器は真っ赤で、交尾の時以外でも直立したまま。体のわりに長い。鉛筆のよう。鼻の形よりもこれを目当てにすれば、遠くからでも雄雌を見分けられるという動物学者もいる。ほ乳類のオスの生殖器は海綿体のはずなのだが、なぜテングサルのそれだけ直立したままなのだろうか。木の上でセックスをするので、いつでもすぐにできる態勢なのだと説明してくれた人もいるが、オランウータンなども樹上セックスなのに小さく隠れているのだから、これは当たらない。形態が特殊な方向に発達するにはその理由があるはずなのだが、まだ納得いく説明には出会っていない。


 メスザルに相手にされないオスたちは、彼らだけの群れをつくって暮らす。でかい鼻をぶら下げ、赤い鉛筆のようなそれを立て、フンドシの裾のような白い尾をなびかせた数頭のオスザルが、一列に並び倒木を渡るところを見たことがある。それはどこか滑稽なのだが、どこか厳かで、またどこかもの悲しい。

 子ザルは生まれたときは顔が青い。4?5歳で乳離れするとオスの子ザルは、オスだけのグループに加わる。年上のオスザルたちは、年下の子ザルの面倒を見る。プランテーションの近くに棲み人にかなり慣れたグループを観察していたときのこと、オスザルグループのリーダーとおぼしき「お方」が地上近くに降りてきて、地上の一点を見つめながら、しきりに警戒の声を発した。管理人たちが彼の見つめる先を探すと、なんとパイソン(大蛇)がツパイ(リスに似た動物)を飲み込んでいるところだった。人間たちが蛇を遠くに片づけるまで、このお方は仲間を気づかい吠え続けた。おもわずあの「お方」と呼びたくなるような気高い行為を見せられて、得をした気になった。オスだけがこうして秩序を持ったグループを形成するというのも、人間くさいではありませんか。

 テングサルは、手足には水かきを持ち、世界で唯一泳げるサルだ。木の枝をしならせ水に飛び込むと、抜き手を使いけっこうなスピードで川を渡る。ワニに喰われないように。大河の川辺林や海岸近くの湿地帯の森で、川岸から500m以内に棲む。テングサルはボルネオ島にしかいない。

ボルネオ島にはオランウータンをはじめ11種のサルがいるといわれるが、そのなかでも、私はこのテングサルが一番好きだ。観光協会はオランウータンをサバのシンボルとしているが、テングサルのほうこそサバのシンボルとしての地位を与えられるべきだと私は思っている。

 彼らの愛嬌のある体つき、人間くさい生態、そして何よりもテングサルはボルネオ島にしかいない。

 サラワク州にはマルダム野生動物保護区周辺などの一部にしかおらず、インドネシア側のカリマンタン諸州の海岸沿いにはかなり生息していたという記録があるが最近のことはわからない。

 サバ州では、かつては一部の部族が食べていたということだが、現在は保護種になっている。乱開発のため彼らの棲む水辺の森林はどんどんなくなり、サバでも限られた所でしか観察できない。私たちのプログラムが取り組んでいるプロジェクトの一つは、テングサルも棲む湿地帯生態系を保護区化するのが目標。なんとか住処を確保してやりたいと思う。

*サバ州内でテングサルを観察できるところは、州都Kota Kinabalu市から車で2時間ほどでいけるクリアス半島のKlias, Garama, Binsulok川の川辺。Sandakan市から3時間のKinabatangan河の支流、Lahat Datu市から約3時間のSegama河の下流域など。(申し訳ありませんが、本ウェブサイトでは観光案内はできかねますので、行き方などは現地の旅行業者にご相談ください。)

 

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