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ボルネオの自然
オランウータンの棲む森

2003/5/8
水野 昭憲

ボルネオの森は

ボルネオと言えば,多くの日本人が深いジャングルを想像するでしょう.確かに原生林では樹高70mに達するフタバガキ科の高木がそびえ,林内にはつる性の植物が絡みついています。年中高温多湿です。森の中を歩けばヤマビルが取り付いてきて痛みを感じないうちに血を吸っていて,気が付いたときには下着に鮮血のシミができています.

このような森を熱帯降雨林と呼び,同じ広さで比べれば世界でもっとも生物の種類が多い森のひとつといわれています。そこには,アジアゾウ・スマトラサイ・ウンピョウ・オランウータン・テングザルなど貴重な動物が住んでいます.もとは,世界で3番目に大きな島,日本の2倍ほどのボルネオ島全体がこの森林に覆われていたはずです。

ところが、50年ほど前から,伐採して木材を輸出することが国の経済を支えるようになりました.追いうちをかけるように,ゴムの木やココアの原料カカオのプランテーションが広がり,それらが安くなって採算が合わなくなると,いまではほとんどがアブラヤシの農園になっています。

ボルネオ島の北西海岸にあるサバ州の州都コタ・キナバルから東へ向かうと,東南アジアの最高峰として知られるキナバル山の中腹を峠で越えていきます。山を下ってから,東海岸までの約300キロメートルは,比較的直線に近い舗装道路が続いています。高速道路なみに車を突っ走らせること,約4時間,周りには整然と植えられたアブラヤシの林が延々と続きます。本当にアブラヤシの植林だけが続いています。


オランウータン

マレーシアの公用語であるマレー語で。オランは「人」,ウータンは「森」を意味していて,オランウータンは森の人ということは良く知られていますが,ボルネオ島には言葉も違う多くの民族が住んでいて,サバ州の人口の多くが話すカダサン語では,KOGIUと呼んでいます。

オランウータンは,木の葉,樹皮から昆虫までいろいろなものを食べる雑食性ですが,野生のイチジク類など果物が大好物です.

かつては,東南アジアの広い範囲に分布してたといわれていますが,人間とは共生できなかったので,今ではインドネシアのスマトラ島の北部とボルネオ島にだけでしか見られません.

森が減って住み場を失ったのが最大の原因ですが,ペット用に売ったり、肉を食べるために狩りもされていたといわれます.

もちろん今では,世界自然保護連合(IUCN)の出している,世界の絶滅のおそれのある生物(レッドデータ・ブック)では,ボルネオ島だけに見られるテングザルとともに,絶滅のおそれのある種類にあげられています。


タビンの森では

サバ州の東部にあるタビン野生生物保護区は,州の2つの森林保護区のうちの一つで,約20年前まで日本などへの輸出用に木材を伐り出したあとの森ですが,今は人がほとんど入らない1,200平方kmが野生動物保護区になっています。

夕方、急に薄暗くなりかけると,森の中が静まり返るかと思えば.ホーンビルのトランペットのような泣き声,地元でロクジハンセミ(6時半セミ)と呼ばれているクマゼミとヒグラシをたしたようなけたたましいセミの声,テナガザルの大声などが聞こえてきます。その中に時どき遠くに「オーイ」(としか書きようが無い)と聞こえてくるのは,オランウータンのオスどおしのデモンストレーションの声です.


この地域にはサルの類だけでも,オランウータン,シロテテナガザル,シルバールトン,ホースリーフモンキー,クロイロリーフモンキー,テングザル,ブタオザル,カニクイザル,ボルネオメガネザル,スローロリスの10種類がいます。ブタオザルとカニクイザルは,毎日のように宿舎近くを群れで通るし,近くの農園へ出てアブラヤシの木や畑を荒らすので,時には嫌われ者になっています。シルバールトンとテングザルは,川沿いの森が好きで,保護区の境界を流れるサガマ川を夕方にボートで行くと,川の縁の高い木にシルバールトンが,川に張り出した低い木にはテングザルの姿を見ることができます。

合計約2カ月のタビンの宿舎での滞在中に,メガネザルを除く9種類のサルを見ることができました。


ヘリコプターに乗って,空から保護区の境界地域を監視し,違法伐採がないかを見て回りました.

オランウータンがいるところには,巣が見つかリます.この巣というのは,毎日寝る場所を作るために,木に登り枝を折っては木のまたにかけて棚を作ります.日本ではツキノワグマがミズキやミズナラの木の実を食べに登っり,枝を折っては食べた後の枝をひいて棚を作り,腹一杯になったらそこで寝ていることもあります.このクマ棚と良く似ていますが,オランウータンは安全な寝床のために,毎日場所を変えて新しく巣を作ります.新しい巣はは葉が緑色で、日がたつと葉が茶褐色になるので,新旧が読み取れます.

オランウータンの巣はヘリコプターで空からも確認できるので,オランウータンの分布地の確認になり,この巣を数えて密度を推定することも試みられています.


セピロック

サバ州東部,前は木材輸出港であったサンダカン市から南西25キロメーターのところに,セピロック・オランウータン・リハビリセンターがあります.ここはオランウータンの研究の基地であると同時に、住みかを失ったオランウータンを別の森へ移すまで一時的に保護しようと作られた施設です。そばの森の中で午前と午後の2回,餌付けされたオランウータンが見られることから,観光ルートに取り込まれていて,日本などからも多くの観光客が訪れています。ここへは,自然教育にかかわる日本の青年協力隊員やオランウータンなどの研究者も来ていました。

森が農園になって住みかを失ったり、親を亡くしたオランウータンの子どなどが次々に持ち込まれ、約50頭がおりの中に詰め込まれていました.

このリハビリセンターの周りには43平方kmの原生林があり,野生のオランウータンもいます。ここで野生化訓練を受けて森へ帰って,子を産んだ成功例もありますが,一度,人の手で飼育されたオランウータンには,森よりも果樹園や人家の方が居心地の良いことが分かっていて、なかなか野生に戻れないものも多いのです.

リハビリ計画は,マレーシア国サラワク州や,インドネシア国カリマンタン州などでも実施されてきましたが,どこでも野生をとり戻すことが難しいのと,帰るべき十分な広さを持った森が無くて困っています.


森と動物の保護活動

サバ州で最初にアブラヤシのプランテーションが拓かれたのは1958年でした.今では35,200平方km から372万トンの椰子油が生産され,木材に代わって最大の外貨稼ぎ手になりました.今でも開拓は進んでいて,広い範囲で森林を伐採してアブラヤシが植えられています.アブラヤシ農園は大規模な工業的経営をしていて,木を一本も残さない整地をして規則正しくヤシの苗を植えています.また,除草剤,殺虫剤の使用量も多いと見られ、野生動物は住めない環境であるといえます。自然林に接した農園では,ゾウやオランウータンがヤシの木の若葉や新芽を食べに来て農園の困りものになり,嫌われている場合もあります。

それでもアブラヤシ農園の一部では、野生生物保護に気を遣おうとの声があがってきました。広い農園の一角に森を残し、サンバージカ、マメジカなどを繁殖させようとの計画もあります。保護区のレンジャーと協力して、密猟者が入っていくのを監視しようという、保護区に接した農園もあリます。


アラビアオリックスの保護活動などで知られるフランス人研究者と住民が中心になったグループが、サバ州の中央を流れるキナバタンガン川沿いに基地を設け、残っている森とオランウータンの保護に乗り出し、WWF、IUCNなどから支援を受けて活動しています。このグループは、エコツーリズムの開発や野生のオランウータンの分布調査などでも地域のリーダーになっていて、サバ州の自然保護には欠かせない非政府組織(NGO)になっています。このような住民を含めた運動が、森とオランウータンの将来を握っているのでしょう。


テングザルなどに比べれば,また他の地方に比べて、サバ州のオランウータンが絶滅の危機に瀕しているとは言えないかもしれませんが,類人猿が住めなくなった地方には,ボルネオ特有の生物多様性や生態系が無くなるということになります。

タビンの森から時々聞こえてきた「森の人」の大きな声は,「森を切らないでくれ。」という叫びとして,わたしの耳からいつまでも離れません。

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